1. アストレ ホーム >
  2. アストレコラム >
  3. リングドクターの目

リングドクターの目



今回はリングドクターを務めさせていただいている私が 格闘技における選手の試合中のリングドクターの立場からのお話をさせていただきます。
これまで私はプロボクシングトレーナーとしてセコンドという立場で試合に臨み、女子総合格闘技、HEATではリングドクターとして試合を見守ってきました。

リングドクターとは?

以前、このコラムで具体的なリングドクターの業務をお伝えしたことがありますが、格闘技の試合には必ず リングドクターが必要です。
リングドクターは当然ですが、医師の資格を有し医療行為ができる者です。整形外科医がリングドクターを務めることが多いのですが、形成外科医や外科医、耳鼻科医の医師もリングドクターを務めることがあります。

試合前のチェックから始まり 試合中の選手の怪我の状態のチェック、試合後の選手の様子など選手が会場入りしてから撤収作業が終了するまでリングドクターの業務は続きます。

もしリングドクターが一人しかいない場合は、特に試合進行が早いと試合後の選手のチェックに行くことは リングドクターが不在になりますので必ずある程度の規模のイベントでは2名以上のリングドクターと看護師1名が必要になります。
残念ですが会場では救命措置以外の治療行為は行えません。
理由は、医療設備や医療器材が不十分な環境で医療行為を行えば、トラブルのリスクがあるばかりでなく他の選手がフォローできなくなるためです。

もちろん、数分で可能な応急処置は行いますが、切開創の縫合や投薬、骨折や脱臼の整復などは行いません。
不満を訴える選手も少なくありませんが治療行為は物理的にも不可能で、負傷して治療が必要な選手はただちに近くの緊急病院へ直接自分自身で行っていただくことになります。


試合中は、最高の観戦席であるリングドクター席で試合を見守ります。
近くで試合を観戦することは大きな意味があります。
選手がどのような状態で倒れ、どのようなパンチやキックで負傷し、どういった技で関節や靭帯が負傷したかをしっかりと観察する必要があります。
これは選手が受けたダメージを客観的に把握することで選手の試合継続を判断する上でも重要です。


試合前にはレフリーと打ち合わせを行います。
その状態でレフリーストップとするか、ドクターを呼ぶタイミング。
選手は相当のダメージを負っても興奮状態、朦朧状態でも本能的に闘おうとします。
首の緊張がない状態で試合を継続した場合、頭部へ強打されると失神にとどまらず脳へ重大な損傷を受けることがあります。
プロボクシングの試合でも死亡事故がありますが、ほとんどが急性硬膜下血腫と呼ばれる脳の血管の一部が断裂し頭蓋空内で血液が溜まる(血腫)ため頭蓋内圧が亢進して脳幹部が圧迫され生命維持が困難になるのです。


プロボクシングの試合で死亡事故が続いたため最近では、攻撃を止め、一方的に打たれるとスタンディングダウンも取らずにレフリーストップとしてTKO負けを宣言されます。
少し止めるのが早いのではないかと思うことがありますが、パンチもらっていわゆる効いてしまうと首の緊張がなくなり 弱いパンチでも脳へ大きなダメージが生ずることがあるためです。
劇的なKOが起こるスリリングな試合を観客は好みますが、リングドクターは選手の身体も守る必要があります。


リングドクターの目は試合前から選手たちに注がれます。
試合前には必ずメディカルチェックを行います。

具体的なメディカルチェックですが、限られた時間内の診察では

1)血圧測定
2)体温測定 
3)脈拍数計測
4)問診
5)脳神経機能チェック
6)心音チェック
7)呼吸音チェック 
8)視診によるチェック 

が主となります。


さて、今回は2011年9月25日 Zepp  Nagoya で開催されました、総合格闘技と打撃系格闘技の東海地方最大イベント HEAT 19 のリングドクターを担当させていただきましたが、ドクターの目から実際の試合をお伝えします。

HEATは、地元の選手たちの戦いの場として、格闘技ジム志村道場が2005年 第1回大会はクラブダイヤモンドホールで、第2大会『HEAT 2nd.』は、愛知県武道館の大競技場で開催されました。

 
HEAT4からは名古屋初の八角形金網リングを導入、日本初となる金網の中でのキックルールの採用など新たな取り組みを行っています。名古屋から世界へ、日本対世界というコンセプトをとともに、常に新しいことへの挑戦を続けていくと同時に、単なる強さだけにとどまらない、格闘技の美しさを追求、HEATチャレンジというアマチュア大会で本選への登竜門を提供するなど、新人選手の発掘にも力をそそいでいます。日本の中心”CENTRAL JAPAN”名古屋から、総合格闘技、キックボクシング、ムエタイ、空手、女子格闘技、プロレスまで、既成概念にとらわれない熱い戦いを世界へと発信します。
ハイレベルな戦いがファンの注目を集め、東海地方で行われる最大格闘技イベントとして熱烈なファンも増えています。

3年前からオフィシャルなリングドクターを担当させていただいていますが、HEATでのリングドクターの仕事はまず、試合前の選手のメディカルチェックからスタートします。その後、簡単にレフリーと試合のルールやどの程度のダメージでドクターコール、ドクターストップとするかなどを打ち合わせます。
メディカルチェックが終了するとリングサイドのドクター席で試合の観戦とドクターコールがかかった時のために待機します。


今回のHEAT19では白熱した試合が続いて多くのドクターコールがかかりました。
鼻骨骨折、下腿裂創、失神KO、中手骨骨折疑い、下眼瞼血腫・・・
試合継続で負傷部が重大な損傷を受けると想定される場合はドクターストップとなります。
選手は試合を止められることを極力嫌がりますがルールあるスポーツではやむをえません。
今回も鼻骨骨折で大きく鼻が変形した選手がドクターストップをコールすると試合継続を訴えていましたが 鼻出血も多く 打撃が加われば重大な損傷を想定されましたのでスットプしTKO負けになりました。

 
メインイベントはK-1 JAPAN GP 2005準優勝の富平辰文選手の引退試合でした。歴戦の猛者も怪我と年齢的な衰えもあって引退を決意したのでした。
対戦相手は新日本キックボクシングヘビー級1位 國吉選手。
壮絶な試合でした。


ノーガードでの全力な打ち合い、國吉選手選手の打撃に押され富平選手はダウン。
倒れた富平選手選手には立ち上がる力は残っていませんでした。
引退試合を飾れませんでしたが、見事に散った。という潔い試合でした。

富平辰文
生涯戦績 38戦18勝20敗 10KO

富平選手はK1の舞台で強豪外国人らと数多くの一線級ファイターと激闘を繰り広げてきました。ミルコ、セフォー、サップ、ベルナルド・・・
そのダメージがすでに身体に残っていることは明らかでした。
往年の攻撃は影をひそめましたが気合と魂は健在。
戦績以上の勇者であったと思います。
身体にダメージが蓄積すると反応が遅くなります。
特に脳へのダメージは打たれ脆くなります。
全盛期であれば絶対に倒れないようなパンチでももらってしまうと効いてダウンすることがあります。
すでに脳へのダメージが蓄積された状態で引退を考える時ですね。これまでもプロボクサーに医師として引退を勧告したことがありました。現役時代に受けたダメージは加齢とともに悪化することもあります。いわゆるパンチドランカー状態です。打撃による脳震盪は脳の神経線維を微小に断裂させます。この微小断裂の数が増えるほど脳細胞は死滅し記憶障害、運動障害が出やすくなります。筋肉や骨の損傷と異なり脳神経の損傷は日常生活にも重大な支障を来します。
ですから、ドクターは試合前、試合中のみならず試合後も選手のダメージを確認し 大きなダメージを受けた選手には長期戦線離脱を勧めることもあります。

今回のHEAT19では大きな怪我、事故は無く無事、イベントは終了しました。
リングドクターとして富平選手の引退試合を見守れたこと光栄に思います。
今後も多くの選手が安全にベストパフォーマンスを魅せてくれますよう微力ながらお手伝いさせていただきたいと思います。

facebook

twitter

ページの上へ