減量の科学
今回は、ウエイト制の競技である格闘技にとって科学的ダイエットはトレーニング以上に重要な知識であり実践です。今回は、これまで私が多くのトッププロボクサーやキックボクサー、総合格闘家へ指導を行ってきた理論とダイエットにおける科学を解説させていただきます。
ここでは減量という言葉を以下、全てダイエットとしてお話しします。
体重を減少させることがダイエットではなく 不必要な脂肪、筋肉を減少させることが真のダイエットです。
一般女性にとっても同様です。
脂肪だけ減少させるのではなく日々のトレーニングにおいて無駄な筋肉を増加させないことが大切です。
無駄な筋肉はまるで鉛のウエイトを付けて闘うことになってしまいます。
体脂肪は悪者扱いされますが、体脂肪にも以下のような重要な働きがあります。
体脂肪の役割
1、エネルギーの貯蔵
体が正常な働きを維持するためにはエネルギーが必要で、このエネルーギーは身体の中にある脂肪・糖質・タンパク質といった栄養素の中に貯蔵されています。
そのエネルギーは13万9000Kcal~18万6000Kcal位になり、生きるための最低限必要なエネルギーは1,200Kcalなので、140日分ぐらいのエネルギーが貯蔵されています。
2、タンパク質の節約
生命維持の源になる物質がタンパク質です。
タンパク質を日々の身体活動に使うと生命維持に必要な成分が減少し、病気の原因となります。(飢餓状態などの切羽詰った時のみに使用されます。)
体脂肪はタンパク質の消費を節約し、消耗させないようにしています。
3、体温調節
皮下組織にある体脂肪が放熱をコントロールして、体温が調節されています。
4、生理の発現・維持
エストロゲンという女性ホルモンが正常に分泌する際、体脂肪が重要な働きをしています。
初潮が現れるためには体脂肪率が17%以上、生理周期が正常に維持されるためには22%以上であることが必要だと考えられており、女性にとって健康と正常な生理の発現と維持のためには体重の約17%~25%ぐらいの体脂肪は必要なのです。
何でもいいから「やせればいい!」は危険です。
ダイエットに重要なことは食事制限だけではありません。
食事のとり方、食事のとる時間、食事内容にも大きく関係があります。
ダイエットは
1:エネルギー摂取を減らす
2:エネルギー消費を増やす
3:筋肉の量を増やす
ことです。
1:の場合、食事を減らすことで筋肉量や骨量まで減少させることもあります。
2:の場合、有酸素運動では、1時間のジョギングでもたった250Kcalしかエネルギー消費しません。
3:の場合、いたずらに筋肉量を増加させるとパワーは増しても持久力やスピードが落ちることがあります。
アスリートにとって1~3を効率よく組み合わせてダイエットする必要があります。
トレーニングも効率的なトレーニングで無駄な筋肉の増加を抑制します。
医学的に行われていることも含めて解説してみます。
一般の女性へのダイエット指導は食事の内容、取り方、量を指導しますが、食欲も抑制できない、運動もできない方へは、薬剤の効果を期待してメディカルダイエットを行うこともあります。
医療機関でよく使用されるのが
1:サノレックス(食欲抑制剤)
2:ゼニカル(脂肪排出剤)
3:漢方(特に防風通聖散が使用されます。)
4:αリポ酸注射
1, 2はカロリー摂取を制限するためで
3,4は基礎代謝を向上させカロリー消費を増加させるための薬剤です。
ダイエットを希望される方の身体の状態を検査してそれぞれの薬剤の投与を行うこともあります。
しかし、アスリートには1,2はお勧めできません、。
便秘で悩まれたりどうしても代謝が低下傾向にある場合は3,4を短期間試してみることも良いでしょう。
防風通聖散は特に熱を発生させ基礎代謝を向上させる働きがある褐色脂肪細胞を刺激して熱産生を行う作用が指摘されています。
ダイエットは体重を単純に減少させるのではなく体脂肪を減少させることに主たる目的があります。
体脂肪とは?
大きく分けて内臓脂肪と皮下脂肪があります。
内臓脂肪は男性で溜まりやすくいわゆる メタボリックシンドロームの原因と関連性指摘されています。
アスリートで内臓脂肪が多い方はまずいませんが 要注意な脂肪です。
皮下脂肪は極端に減らしすぎることは身体によくないことが指摘されています。脂肪はエネルギー源でもあるので競技によっては必要な場合があるためです。
生理学的にはエネルギーは筋肉中のATPが外れることで生じます。このATPが無くなるとグリコーゲンが解糖されてエネルギーを補給します。
さらにそれも無くなり筋肉内のエネルギーがゼロになると初めて脂肪からエネルギーが使われます。
つまり脂肪は身体の中で最後に使用されるエネルギーであり、それを効率よく使用できる人はエネルギー代謝がよく、長時間にわたって競技を継続できます。
プロボクシングやキックボクシング、レスリング、柔道、総合格闘技などはヘビー級以外はほとんどウエイト制で闘います。
相撲の場合は格闘技でも例外でウエイト制ではありません。
つまり体重が重ければ有利に働きます。
力士の場合、体重を増やすためにインスリン注射をしている人もいます。
インスリンを注射すると脂肪がたまるので無理して急速に体重を増加させるわけです。
CTスキャンでの検査結果では、現役の力士は太っている割には内臓脂肪が少なく、ほとんどが皮下脂肪です。
現役の力士は意外に病気が少ないのですが、引退後は内臓脂肪が増加しメタボリックシンドロームの人が増えてきます。
急激な運動で脂肪を分解させるとケトン体という有害物質が出現してくるので健康に害を及ぼす可能性がありますので要注意です。
試合が決まり短期間で急激なダイエットを行えばこのようなリスクがあることを知るべきです。
格闘家は普段からの節制が何よりも大切ですね。
最近の研究では面白いことがわかってきました。
脂肪細胞にはいろいろな ホルモンや酵素など生理活性物質を産生、分泌しているということです。
つまり脂肪細胞は悪いことばかりではなく身体の機能を整えるという働きもあるのでむやみやたらと減少させることは医学的には問題なのです。
さらに、最近 DNAに結合しているBMAL 1(ビーマル1)というたんぱく質が脂肪をため込むための酵素を増やす働きがあることがわかりました。
しかも、BMAL1は、体内リズムとも密接な関係をもち、時間帯によって増減するということもわかってきました。
その量が多ければ多いほど、脂肪がたまりやすいことが解明されました。
BMAL1の量が最大となる深夜に食事をすると、脂肪を誘導しやすい状態になり太る可能性が高まります。
深夜には食事はとらない、規則正しい食生活がダイエットの基本なのです。
朝食をとらないと飢餓の危険を感じ、心身の活動を抑えてエネルギーを脂肪に換え、蓄えることになります。
最近話題の主時計遺伝子と朝食の関係です。
また、朝の練習と夕方の練習とではどちらが練習後に成長ホルモンが出やすいか?
答えは、夕方です。
だから、トレーニングをするには夕方練習の方が有益でありダイエットにも効果的なのです。
また、自律神経機能の向上もダイエットには有益です。
ストレスが高まると交感神経機能が向上します。
すると副交感神経機能が抑制され 代償的に 食欲が増加し食べることで平衡を保とうとします。
ストレス食いがこの典型的パターンです。
練習後はリラックスする。絶対、重要です。リラックスすることで副交感神経機能は向上し無理な食欲は抑えられます。
睡眠を十分とることも副交感神経機能を向上させ無用な食欲向上を抑えます。
さらに消化管の動きを良くする・・・つまり腸内細菌のバランスを整えるために便秘を改善することは重要です。もちろん 下痢になりやすいような食生活を送ってはいけません。
私どもは試合前にビオスリーといった善玉腸内細菌の内服薬をアスリートに投与することがありますが、ヨーグルトやヤクルトなど乳酸菌製剤を摂取することも腸内細菌叢を正常化し腸内環境を改善することはとても大切なことで効率よいダイエットに繋がります。
また、ドローインといった お腹を凹ませるエクササイズでゆっくり呼吸し腹横筋を鍛えることでカロリーも消費し、インナーマッスルの強化、姿勢保持、エネルギー消費量の増加によりダイエット効果が期待できます。
胸を張って背筋を伸ばし、おへそを中心にきゅっと力を入れて、お腹全体を凹ませます。
ポイントはお腹と背中をくっつけるように意識して凹ませたら、そのまま30秒キープ。
ヨガのテクニックでヒクソングレーシーが取り入れているトレーニングです。
さてここで ダイエットの手法をまとめてみましょう。
1:急激な食事制限は避けて 日々節制する。
2:深夜の食事は避ける
3:朝食を必ずとる 規則正しい食生活
4:十分な睡眠
5:腸内細菌叢の正常化
6:リラックスする
7:朝のトレーニングより夕方のトレーニングを重点的に
8:糖質をとってトレーニングする(筋肉を減少させないため)
9呼吸法(ドローイン)
プロボクサーの方は過酷なダイエットで大きな身体的リスクにさらされます。
私の指導したプロボクサーの中にどうしても落ちない体重をこっそり計量前日、サウナで脱水させ減量を図った選手がいました。
短時間でダイエットを行うことは水分を身体から汗として無理やり排出させるしかありません。
脱水行為は身体に大きな負担をかけます。
とても危険な行為です。
脱水は脳へのダメージを大きくします。
脱水によって循環血液量が減少し脳へ行く血液量が減少すると集中力が低下し 打撃によるダメージの蓄積が増加します。
首の緊張も低下し打撃により大きく脳が揺れることになり プロボクサーとしての選手生命を左右される危険な状態です。
医学が進んだ今、無理なダイエットは選手生命を短くするだけでなく身体能力を大きく損なうことになります。
私は格闘技関係者としてプロのトレーナーとして正しいダイエットの普及に努めています。
今回のコラムがダイエットに苦しむ選手のお役にたてれば幸いです。